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女子大によって傷付くタイミングが後ろにズレて、社会に出たら「私」は「へのへのもへじ(女性)」になった

女子校は女を捨ててるだの、はたまたドロドロしてるだの色々言われるが、そんな簡単な場所ではない。
女子だけを集めたそこは異性の目から逃れていられる隔離施設であったし、淑女もしくはキャリアウーマンへの道でもあったし、卒業と共に否応でも泳いでいかなくちゃならないドブのように汚い社会を覆い隠したクリーンルームでもあった。

私は4年間女子大に通った。

女子校、女子大を語る時、「あそこで過ごした期間は、異性の脅威を感じずに済んでいた貴重なものだ」という文脈になりがちであるように感じる。
女子校から共学の大学に進んだ女性がそこで様々なジェンダー問題やらルッキズムやらに打ちのめされて、結果呪詛を吐きまくってる様はよく見る。

女子大を経て社会へ出たらジェンダー問題とルッキズムとエイジズムと恋愛至上主義と、あとなんかもう文字にするのも虫唾が走るものたちに打ちのめされて、結果一生呪詛を吐いているのが私だ。

社会に出たら私は湯婆婆に名前を取られた千尋の如く、名前を失って「へのへのもへじ(女性)」となった。
周りが私を認識するのは「女」という袋と穴で、顔すらへのへのもへじ化していたのだ。

男性、とりわけお偉い男性の視界に入る「へのへのもへじ(女性)」は何人くらいなんだろうか。そして、へのへのもへじ化していない女性は何人くらいいるんだろうか。

そんなへのへのもへじ(女性)を代表しているような顔をしてこんなものを書いているが、別に私は「『女子大』に守られていて良かったー!」とも「『女子大』が過保護だったせいでー!」とも思ってない。

しかし、「この世に肉欲のために平気で嘘をつく異性がいる」というのを知らずに社会人になったのは今にして思えばとても怖いなと思う。
肉食動物の存在を知らずにサバンナに放り込まれた草食動物は捕食されるしかないのだ。

そんな私も今では「恋愛」と「性愛」を分けて考える術を手に入れて元気に過ごしている。
だが、いまだに「あなたのそれは性愛でもなくてただの性欲・肉欲だよね?」「その好きってやりたいと同義のやつよね?」と小首を傾げながら宇宙猫と同じ表情になったりもする。
あれは本当に自覚がないんだろうか???

共学の大学生たちがイケてるイケてないだの、付き合いたいだの付き合っただの、やっただのやってないだので何悶着もあったり修羅場を潜り抜けたりしていただろう間、私はただただニコニコ動画とアニメを見続け、せっせと郵便局で小切手を買って送る謎システムで同人誌を買い漁って真面目にオタクをしていた。

過剰に守る必要もなく、汚泥に塗れた社会に出てショックを受けることもなく、かといってさっさと諦めを覚えて空気を読んでドブを泳ぐ術を身につける必要に迫られることもない、そんな「世の中デビュー」はどうしたらできるのだろうか。
多くの女性から名前を奪うような、あの自分の顔も曖昧になる「へのへのもへじ化」をさせないためには、大人の私は何ができるだろうか。

楽しそうにオシャレをして街を歩いている大学生くらいの女性を見ると、つい、「大人として、大人として……」と私に何ができようか、と泣きそうになってしまう。

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このエッセイを書いた人

エッセイスト/ジェンダー、雇用問題、メンタルヘルス。身体が弱すぎて人間に向いていない。

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