「私がもしエリートの男で、同じような下駄を履いていたら、ヒヤマくらい嫌な奴だと思うんですよ」
『ヒヤマケンタロウの妊娠』坂井恵理さんインタビュー
ドラマ『シジュウカラ』が大好評だった坂井恵理先生。実はそれ以前から制作されていた『ヒヤマケンタロウの妊娠』がついにNetflixで4/21(木)全世界独占配信開始!主演は斎藤工さん、上野樹里さん、脚本には「あのこは貴族」の岨手由貴子さんも参加。今回はドラマ公開記念に、ふぇみZINE vol.3 掲載予定のインタビュー記事の一部を、ほしいろといきさんのご協力で先行してお届けします。
さかいえり:漫画家。フェミニスト。代表作は、女性も男性も妊娠する世界の人間模様をリアルに描いた『ヒヤマケンタロウの妊娠』(講談社)、親友同士の容姿が入れ替わる『鏡の前で会いましょう』(講談社)、文化庁メディア芸術祭審査員会推薦作品『ひだまり保育園 おとな組』(双葉社)など多数。現在は『JOUR』(双葉社)にて『シジュウカラ』連載中。
――『ヒヤマケンタロウの妊娠』(以下『ヒヤマ』ドラマ化おめでとうございます!実際はかなり前からお話が進んでたんですよね。
坂井恵理先生(以下敬称略) ありがとうございます。三年近くかかっています。もともとNetflixオリジナルシリーズはじっくり時間をかけて作られるんですが、コロナで遅れたというのと、脚本にも結構直しが入ったりしたので。
――『ヒヤマ』初版は2013年で結構前ですが 、今やっとドラマ化ということで時代が追いつきましたね…って、言われ飽きました?
坂井 めっちゃ言われます。自分的にはちょっと遅いと思うくらいのものを書くとちょうどいいのかなって(笑)でも若いフェミニストのほうがいろいろアップデートされてると思うので、これから追いつかれないように頑張らなきゃとは思います。『ヒヤマ』を連載していた頃は「少女漫画の読者はSFがあまり好きではない」と言われてたんですけど、連載で思ったよりアンケートがよかったのでページ数が増えたんですよ。
――時代が追いついたんじゃなく、連載当時から人気はあったんですね。
坂井 ananの書評欄に載ったり、取材もいくつか受けたんですけど、わりと早い段階で初版が売り切れてしまって、それ以上のところに広がらなかったんです。
――その後、電子で売れた感じですか?
坂井 そうそう。すごく広告打っていただいたってのもあったと思うんですけど、男が妊娠するってのがインパクトあったのか、紙の本よりずっと売れました。
――『シジュウカラ』の忍みたいですね。
坂井 『シジュウカラ』の主人公と私は実際はそんなに被っていないんですけど、リアリティを持たせるために漫画の描写については、わりと自分の実体験をもとにはしてます。
――漫画家が主人公の『シジュウカラ』にリアリティを出すと、先生ご本人と被ってると思われませんか?作中でも忍が年下イケメンのモデルについてこういうインタビューをされるシーンがありましたが。
坂井 思われるんじゃないですか(笑)でもそれはもう思うつぼなのでうまく騙されていただいたほうが…。全然かまわないです。そういうのは。
私の作品はどれもジェンダーやフェミニズムを盛り込んでいるので、ワンパターンではあるんです。
――女性はずっと『ヒヤマ』で語られているような問題意識はあって。だけどそれを表に出すことは毛嫌いされてて、ちょっと受け入れられるようになったというのが「時代が追いついた」ということだと思うんです。
坂井 連載当時は女性の声がここまで話題になったりしていなかったという気はしますね。
――SNSの変化は大きいですよね
坂井 ですね。ツイッターで女性が本音を言い出したのもここ数年のところかなと感じます。
――『ヒヤマ』の一巻から育児編まで7年ほど空いていますが、その中で先生のジェンダー観がアップデートされた部分はありますか?
坂井 ジェンダー観っていうのとはちょっと違うかもしれないんですけど、私が2012年に『ヒヤマ』を描いた時は育児経験がなかったんですよ。妊娠中に描いてたので、一冊目は育児の描写が弱いなと思います。例えばウムメンカフェでパパたちが子どもをおんぶして働いてる描写があるんですけど、今考えるとそれ無理だなと。それより保育園預けたほうがいい。
――あれはあのカフェのアピールなのかなって思ってました。
坂井 そうですね。アピールではあるんですけど。でもおむつ替えもしないといけないし、ちょっと無理があったなと思います。
――色々なタイプの女性を描こうというのは意識されていますか?
坂井 私の作品はどれもジェンダーやフェミニズムを盛り込んでいるので、ワンパターンではあるんですよ。ただそれをいろんな角度で切り取れないかなって考えていて。ひとつの漫画の中に盛り込める情報量は限られてしまうので、『ヒヤマ~』だったら妊娠出産について、『鏡の前で会いましょう』だったら美醜問題、『ひだまり保育園おとな組』だったら育児とか、ちょっとずつ分散してやってる感じで…それに適したキャラクタ―はどういう人かな…って考えながら作ってます。絵的にも色んなキャラクターを描くのが好きなんですよ。
男の人も男らしさとかに縛られて大変そうな人はいっぱいいるので、そこは楽にしてあげないと。
――夫が妊娠してもジェンダーロールは現実のままに家事育児は妻が全部やってる…なんて描写もありましたね。
坂井 はい。男性は産むだけ、で終わっちゃうようなカップルや夫婦もきっといるだろうなと。
――男性も妊娠して女性の苦労とか差別を経験すれば認識変わるでしょ、っていう単純な内容じゃないところが好きです。
坂井 少数の男性が出産するだけでは男社会が崩壊するとは思えなくて。私がもしエリートの男で、同じような下駄を履いていたら、ヒヤマくらい嫌な奴だろうなと思うんですよ。なので男性キャラクターを一方的に悪く描くというよりは、もしその環境にいたらどうなのかと考えて、自分と関係のない他者として描かないようにはしてます。
――確かに色んな性別年齢の人が考えさせられる内容になっています。
坂井 私自身、社会問題を扱っていても「正しいことを言う主人公がいて、他の間違っている人をだまらせる」ような、水戸黄門的なパターンのものが好きじゃないんですよ。現実にはそこまで完璧な人っていないし、悟りきってるキャラにあまりリアリティを感じないんですよね。それよりはみんなちょっとずつ失敗するほうが人間らしいかなって。色んな立場の視点から描きたいので、オムニバスが好きなんです。
――男性開放的な部分もありますよね。ヒヤマも「男のくせに気持ち悪い」とか言われてジェンダーロールの抑圧があって、でもその中でヒヤマがどんどん柔らかく自由になってるなって思ったりするんです。
坂井 男の人も男らしさとかに縛られて大変そうな人はいっぱいいるので、そこは楽にしてあげないとってのはありますね。自分で思ってるより男性にも読まれてるみたいで、意外と男性のフォロワーもいたり、コミティアで男性ファンから声かけられたりしたので、「あ、意外と共感して読んでもらえてる!」と。
――男性の生きづらさは女性差別の副産物だという話はよく言われていることなので、男性もそういう意味でも先生の作品で女性差別に興味をもってもらえたら、どんどんみんな楽になっていくのかなーなんて思ったりしてます。
坂井 うんうん、そうですね、そうなるといいなあと思うんですけど。
地元の同級生に漫画を読んでもらった時、「読めない」とか「わかんない」って言われないような漫画にしようと思ってる。
――先生はいつからフェミニストでしたか?ミニコミ誌「バイブガールズ」※もかなり攻めてましたよね。
(※北原みのりさんが中心となって作られていた「フェミ」と「エロチカ」をテーマにしたインディーズマガジン。坂井先生も参加されていた。)
坂井 あれは90年代かな。私がフェミニズムの本を読み始めたのがその前後だったと思うんですよね。強い女の子が活躍する物語は子どもの頃から好きでしたが、それまでは私もそこまでフェミニズムわかってなかったし、偏見もあったかも。
初めて疑問を持ったのは弟が生まれた時です。『妊娠17ヵ月!』で少し描きましたが、それまでは小学五年生まで一人っ子で親からは期待される娘で、男女不平等なんて感じたこともなかったんですけど、弟が生まれて父親がオムツも全然替えないっていうのを目の当たりにして「えっ?これなんだろう」と。そのあと母親が病気になったりして「あれ?なんで私だけお母さんの代わりをやらされてるんだ?」って思ったり。そこですよね。一番大きかったのは。
――娘が母親の役割をやらされる問題ですね。
坂井 はい。周りを見てても娘がいると、小学生くらいから家事を手伝わせるお母さんが結構いますよね。男の子にもやらせてよーって思います。
――女性もまだまだジェンダーロールに縛られていますから。
坂井 「ジェンダー」の意味を正確に理解してる人なんて日本ではまだ少数派なんじゃないですか。自分のツイッターのタイムラインとか見てると、すごい変わったな!みたいな気がするんですけど、まだまだですよね。だからときどき、古い価値観のままの自分の親や親戚、地元の同級生を思い出すようにしてます。
――フェミニズム関連の言葉は難しいですよね。
坂井 フェミニズムの本もここ数年すごく売れるようにはなったんですけど、そうは言ってもやっぱりまだまだ一部のインテリの人が読んでるものだと思うんですよね。私、出身が埼玉なんですけど、ヤンキーがいっぱいいるような公立中学に通ってたんですよ。そのころの同級生に私の漫画を読んでもらった時に、「読めない」とか「わかんない」って言われないような漫画にしようと思ってて。面白いか面白くないかはまた別として、ちゃんと読んでもらえる漫画にしようというのは心がけてるんですね。コマ割りや読みやすさをすごく考えて作ってます。なので電子でウケたってのはすごく嬉しかったですね。普段漫画を読まないような人にも読んでもらえたってことなので。
――電子だとスマホで一話一話、気軽に読めますから。
坂井 そうらしいです。紙で漫画を買わない人が読んでくれてる。保育園のママ友さんから、私が描いたとは知らずにヒヤマ読んでたって言われた時は、ほんと嬉しかったです。
――やっぱりフェミニズムってまだまだお堅いイメージがあるので、そのハードルを下げるということをふぇみZINEも意識しています。
坂井 まあ私自身があんまり難しい学術書とか読めないってのもあるんですけど。大学で女性学とかきちんと学んだわけでもないので。
――学校でちゃんと学びました、という人は少ないですよね。でも今回はNetflixでの映像化なのでもっとハードルも下がって、世界中の様々な層に届くと思います!
坂井 世界に、ってのが本当に嬉しいですね。ドラマ版はそれほど原作に忠実ではないですが、テーマはきちんと理解していただいた上で作られているので、広がってくれるといいなと思います。
Netflixシリーズ「ヒヤマケンタロウの妊娠」
2022年4月21日全世界独占配信
原作:坂井恵理『ヒヤマケンタロウの妊娠』(講談社「BE LOVE』)
監督:箱田優子 菊地健雄
脚本:山田能龍 岨手由貴子 天野千尋
出演: 斎藤 工 上野樹里 他
Netflix公式ページ https://www.netflix.com/jp/title/81030178
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こちらは『ふぇみZINE』のインタビューの一部先行公開となっています。
近日発行予定のふぇみZINE vol.3 漫画特集号では、美醜をテーマにした『鏡の前で会いましょう』『ビューティフルピープル・パーフェクトワールド』など坂井恵理先生の他作品、性に関する描写について、それから先生の趣味である着物について、より深く楽しくお話を伺っていますので、是非読んでいただきたいです。発行日は公式Instagramにてお知らせします!
(ふぇみZINE編集部)
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