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ほしいろといき
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私のサークル活動という名の生存戦略

私がサークルアイスという、フェミニズムとLGBTQ+について考えるサークルを立ち上げたのは、2021年4月28日。
メンバーで交流したり、社会や所属している対して対してなにかを働きかけたり、お互いに知識を深めたりする、そんな活動が出来ないかと思ってサークルを作った。

立ち上げたのは2021年の春だが、立ち上げるずっと前から、私は生きていく上での疎外感を感じていた。

目次

生きていく上での疎外感から、私はサークルを作ることにした

大学1年の頃から周りがシスヘテロで言動も異性愛規範的なことに日々孤独感を感じていた。

あと、大学の書類には基本的に性別記入欄が男と女しかない(無回答とかその他とかがない)事。それから、他の大学では置いている学校もあるのにうちの大学では生理用品が常備されていない事。
加えて大学内の女子トイレに「盗撮をしようとした人が見つかったので注意してください」との張り紙がずっとある事だったり。(加害者がいなければ解決することだし、被害者が注意してどうにかなる類いのものではない)

ただ女性として他者から見なされて生きているだけで差別されたり排除されたりすることが多い。なのにその上ただ生きているだけなのに勝手に自動的にシスジェンダーでヘテロセクシャルな女性だと(そうではないかも知れないのに)見なされることに傷付く。(マイクロアグレッションと言うらしい)。

それに大学という学問の場であっても、教職員や大学関係者の意識がちゃんとしていて、女性や性的少数者を排除しないように配慮できているという訳ではない
大学の講義で「日本は夜中に一人でも安心して散歩ができる安全な国です」と話す男性講師に(それは男だからですよね)と突っ込みを入れたくなったり、ジェンダー間で生まれる格差の話をしている時に「ジェンダージェンダーと言っていると偏りますよ」と鼻で笑ってくる教授にぶち当たったりする事がままあったりした。(これからもあると思う。)

一つ一つは些細に思えることでも、積み重なっていくうちにどんどん削れて私は一年の後期には殆ど大学に来れなくなっていた。

その後丁度コロナが流行って休校したりオンライン授業に切り替わったりしたことで、精神的に持ち直したのだが、3年になり、ようやく「このままじゃ潰れる」ことを自覚した。焦った私は仲間探しを始めることになる。

仲間探しはSNSを有効活用して

学内のセクマイサークルの存在は知っていたが、いまいち何をしているのかがよく分からなかった。一応気になって問い合わせてみたが、DMで連絡して数ヶ月返事が無かったから活動していないのだろうと判断した。(後に自分のサークルを立ち上げた後で、コロナで休眠していたがこれから活動を再開しようとしている段階だ、という旨の回答を貰う)。

じゃあ自分で作るしか無いのかな、と言う気持ちで、まだ何も決めていないままTwitterでその旨を発信した。そうして後にサークルアイスという集まりができることになった。


一応所属している千葉大学は総合大学だし学生も沢山いるから、自分のように社会に問題意識を持って、日々削られたりしている人間は他にもいるはずだと思った。それにもし大学内にあまりいなかったとしても、インカレサークルという形で作れば、どちらにしろ同じ生きづらさを抱えた人間の居場所にする事が出来る。
当初は、大学構内の女子トイレに生理用品を置いたり、大学生協の履歴書の性別記入欄を変えて貰うなどという具体的な大学とのやりとりを想定していた。でも、たとえ大学自体は変えられなくても、せめて自分の身の回りだけでもそういうフェミニズムやクィアに関する事象を可視化したいなと思っていた。

SNSで呼びかけた結果、最初に集まったメンバーは4人だった。

メンバーそれぞれがクィアやフェミニストとしての周囲との意識の違いや分かりあえなさで悩んでいて、繋がりを求めた末での集結だった。

社会に違和感を抱いている私たちの存在は、生きてるだけで抵抗だ

メンバー同士で、サークル運営も社会活動も手探りの中、お互いの好きで勇気づけられる本や映画作品を紹介し合ったり、鑑賞して感想を座談会形式で話し合ったりして交流を深めていた。自分たちにとって安全なスペースを維持し続けることを目標にやってきた。

あとは、大学生協で販売されている履歴書の性別記入欄を、全国的に調査して実態を掴むという活動に参加したり、「OchaDiversity」さん、「立命館大学ミスコンを考える会」さんと共同でミスコンについて議論するオンラインイベントを開催したりして社会に働きかける活動もちょくこちょく行うようにしていた。

そうこうしている間に、あっという間に立ち上げてから1年が経ってしまった。

実はまだ活動内容は模索中だ。これからもずっと模索して、その時その時に合わせて改善を繰り返しながら変わってくのだろう。

大学公認の履歴書も、生協に対して「性別記入欄が無い履歴書も販売して欲しい」と要望書を出したが返事が来ない。大学構内の女子トイレには相変わらず「痴漢に注意」とか「盗撮に注意」とか、注意しようがないような自衛を促す張り紙がずっと貼ってある。

それでも、私の身の回りの生きやすさは少し変わった気がする。

今年、ようやく大学の生協に性別記入欄の無い履歴書が置かれ始めた。私はもう既に履歴書を買う必要が無い(就活ならオープンESで事足りる)から要らないけど、大きな進歩だと思う。

今でも週に一度はメンバー内でとりとめのない(でもフェミでクィアに理解がないと安心して出来ないかも知れない)雑談をして、お互い違う環境で、それぞれ生き延びようと言い合っている。それだけで、結構救われる。
それに、フェミニズム以外で繋がっているような知り合いでも、私がサークルを立ち上げて発信したことで「勉強を始めた」とかそういう話をしてくれる事があって嬉しい。

すぐには組織は変えられないかも知れない。でも、とりあえずは生き延びている。社会に違和感を抱いている私たちの存在は、生きてるだけで抵抗だし、たとえ今はしんどかったり力不足だったりして難しくても、いつかは少しずつでも良いから社会を変えられるはずだ。

だから、たとえいつでも傍にいるわけではなくても、お互いの存在を認識し合って励まし合いながら、生き延びよう。と思っている。

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このエッセイを書いた人

they/them ノンバイナリー。はっぴーくぃあぎゃる。

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